Il Nome della Rosa

music and art BLOG
 
2011/12/10 0:55:54|ピアノ曲 
ペーター・レーゼル ベートーベンの真影
2011年10月12日紀尾井ホール
ベートーヴェン、ピアノソナタチクルスの最終回。
No.2  A-dur Op.2-2
No.31 As-dur Op.110
No.1 f-moll Op.2-1
No.32 c-moll Op.111
初期の2曲と最後の2曲を組むという興味深い構成になっていて、どうしても聞きたい演奏だった。のに。
災害拠点のあーだこーだの会議をやっていたら遅刻。2番は聞けなかった。
ま、2番はトラウマがあるから(ベートーヴェンソナタの最初の方で学ぶ曲ですね、アナリゼに苦しみ始めたのはこのあたり〜)ホワイエで聴いている分には申し分なく美しかった。
コンチェルトのときにも感じたことだが、今回の演奏は全体に明るかったと思う。
輝き、というのだろうか。空間にきらりと舞い散るような。
暁の光で見るダイヤモンドダストのような。(見たことないけど)そう、肯定的であった。
人生に対してだろうか。音楽に対してだろうか。
壁の崩壊後、東の人として苦境もあったであろう。
リヒテルを師と語る彼は、同じように常に表現者として生きてきたように思う。
妥協せず、後退せず。そしてそれは皆に伝わったのだろう。
久し振りの全ホール総立ちでした。
この演奏家をはぐくんだ東の文化に幸あれと思います。
この日は録音でした。CD完成楽しみです。







2011/12/06 12:32:45|ピアノ曲 
ペーター・レーゼル ベートーベンの真影
2011年10月8日
紀尾井ホール
管弦楽:Kioi Sinfonietta
指揮:Stefan Sanderling
Beethoven, Klavierkonzerte Nr. 1, 5

ベートーヴェンピアノ協奏曲チクルスの最後は、皇帝で幕を閉じた。
ずいぶん前に友人と約束をしていた演奏会だったが、父の納骨があったり、学会があったりで、心の余裕がまったくないまま、またも直前に駆け込むはめに。

ザンデルリンクは巨匠の血を引く人、期待も大きく大変だろうとなぜか同情しつつ、しかし彼はかなり堅実ではずれのない演奏を作る。
ドイツ的、控え目で堅実なドイツ的演奏であった。
レーゼルのピアノは、以前と比べるとやや輝度を増したように思う。
重い足取りが響く部分は変わらずに、ベートーヴェンが描いた光がその上にきらりと、ほんとにきらりと輝くようなもの。
これみよがしのパフォーマンスはない。どや顔もない。
しかし、なぜか元気が出る演奏だったのだ。

このチクルスは、ソナタも含めて、CD発売とのこと。
2012年はじめに揃うというので楽しみにしている。







2011/11/22 12:11:15|ピアノ曲 
レイフ・オヴェ・アンスネス ピアノリサイタル
@東京オペラシティ
2011年9月22日(木)

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ第21番ハ長調「ワルトシュタイン」Op.53
ブラームス:バラードOp.10全4曲

ショパン:バラード第3番変イ長調Op.47
     ワルツ第13番変ニ長調Op.70-3
     ワルツ第7番嬰ハ短調Op.64-2
     ワルツ第11番変ト長調Op.70-1
     夜想曲第17番ロ長調Op.60-1
     バラード第1番ト短調Op.23

アンコール
ショパン:プレリュード第17番 変イ長調Op.28-17
グリーグ:抒情小曲集 第5集 Op.54 II ノルウェー農民の行進曲
グリーグ:抒情小曲集 第3集 Op.43 VI 春に寄す

芸術の秋が近付いた9月、友人と前から約束していたコンサートへ行った。久し振りにハレの席に。
心の区切りをつけるのに、この人ほど最適な芸術家はいないだろう。
ワルトシュタイン、2楽章ロンドの移行部、天上の音楽かとおもうほどの美しさでつい涙腺が緩みました。数々のワルトシュタインを聞いたけれども、これは極上のひと時でした。
ブラームスとアンスネスの相性がよいのかどうかは疑問です。アンスネスは、透明な日差しが似合う人。たとえ冬でも舞い散る雪であって、曇天ではない。ブラームスは。。かなり曇りの人だから。
そうは言っても、第4曲は出色でした。

後半のオールショパン;最初のバラードは当初2番の予定が3番に変更。曲想から3にしたと思います。穏やかで素敵。
ワルツも相変わらず軽やか。
最後の1番のバラードはテクニック的にも申し分ないが、わたしとしてはもう少し暗黒部分が見えてもよいかと思った。
アンコールは流石のできで、特に春に寄す、ではまた涙腺が緩んだ。

逃避と逡巡と後悔ばかりをひきずってここ数年、わたし何をしていたんだろう。父にしてあげたこともしてあげなかったことも、自分の人生も、それで正解だったのだとなんとか納得したのは夏の終わり。
この日がひとつの区切りで、また自分が前を向いたのはまちがいないです。一緒に行った友人にもほんとにつらい時に助けてもらった。彼女は生涯の友なんです。

明日自分がバラード1番を本番で弾きます。技術的には彼のレベルには到底達しないけれど。わたしの世界を描いてこようと思います。








2011/11/09 17:38:04|オペラ 
フィレンツェ歌劇場・トスカ
2011年3月13日
神奈川県民ホール

トスカ:アディーナ・ニテスク
カヴァラドッシ:マルコ・ベルティ
スカルピア:ルッジェーロ・ライモンディ
アンジェロッティ:アレッサンドロ・グエルツォーニ
堂守:ファビオ・プレヴィアーティ
スポレッタ:マリオ・ボロニェージ
シャルローネ:フランチェスコ・ヴェルナ
看守:ヴィート・ルチアーノ・ロベルディ

指揮:ズビン・メータ
演出:マリオ・ポンティッジャ
美術・衣裳:フランチェスコ・ジート
合唱指揮:ピエロ・モンティ
児童合唱:東京少年少女合唱隊

大切な舞台を記録していませんでしたね。。
大震災の2日後の日曜日。中止になっていないのをびっくりしながら確認し、父の様子を見に行くのにどうせ横浜を通るから、やっぱり聴いていこうと一念発起して向かった先は、港の見える穏やかな横浜でした。翌日からのことを考えると足がすくむような恐怖がありましたが、一時だけ、夢を見ようと思いました。
開演前にメータ氏は真摯にお悔やみを語ってくれました。皆が上演の方向で一致したと。たぶんこれが今回最後の舞台だと思っていらしたかもしれませんね。以後の公演はフィレンツェ市長からの帰国命令のためにすべて中止になりました。この判断は責められないです。
この日は、次の月曜日から始まる第2波の悪夢の前の束の間の平穏だったと今思います。
被災地のすさまじい損害の全貌がまだ分からず、原発の恐怖はまだ現実ではなかった。
なんだか、幻の一日だったように、いまとなっては思います。
一期一会。
舞台の詳細はこの場合、書かずに置こう。

実家にもどれば父はひどい状態で、でも2日後に入院が決まっていたのでなんとかしのいでいました。
しかし、翌日の月曜日、あさ6時半に家を出たわたしは電車に閉じ込められ、15時まで東京にもどることができなかった。大変なことになったのだと心底実感したのはこの日だったのです。
メータ氏は開演前の挨拶でもその後のメッセージでも繰り返し、音楽の力を説いていた。人が立ち直るには、芸術が必要だ。







2011/11/09 11:14:17|ピアノ曲 
ロジェ・ムラロ〜たった一人の幻想交響曲
4月21日(木) 19時 東京文化会館小ホール

リスト:「巡礼の年報第1年『スイス』」より
    「ウィリアム・テルの聖堂」「泉のほとりで」
ドビュッシー:「映像」第1集
    「水に映る影」「ラモーをたたえて」「運動」
ベルリオーズ(リスト編曲):幻想交響曲


いまさら。。。という感がぬぐえませぬが、忘備録として。。
震災後はたくさんのコンサートが中止になり、来日をやめてしまうアーティストも多かった。
ここまでの1か月で、実はオペラが一つ見れたが、それ以外はまったくだめだった。
まして、父の具合が悪く、どうにも身動きも取れなかった。
このコンサートも中止だろうな〜と思っていたが、当日になっても中止になっていないので、疲れた体を引きずって聞きに行った。

リストのピアノ作品は膨大な数に上る。全てが傑作というわけではない。何度も書き直したりしているし、どうにもテクニカルで音楽的にはどうなの?という作品もなかにはある。
その一方で、transcriptionとか、paraphraseといった他の作曲家の作品を編曲したものは実にすばらしいものが多い。
それは選曲のセンスも素晴らしいからなのだけど、この選曲がどういうわけだか私の好みとぴったりなのだ。
しかし、技巧的にはまたしても困難。どなたか弾いてくださいというものだ。
ムラロの演奏はドライブ感がある。音量と音圧のコントトール、小気味よいテンポ感。リスト向きのピアニストだと思う。
そして、ドビュッシーを間に持ってきたところ。静かな音楽が次第に動きを持ち、最後にベルリオーズのめまいがするような世界感へ。素晴らしい構成だった。

父を亡くしてからどうにも前へ進めず、しかし、やっと少し気持ちの整理がついてきたので、先月ぐらいから少しずつ芸能活動も再開。ブログも更新していこうかなあと思っております。







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