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2017/03/20 16:16:00|最近の話題
中国における鉄器の歴史
中国における鉄の起源と歴史
 日本の製鉄の歴史は紀元4〜5世紀のたたら製鉄にはじまる。しかし、日本に鉄が渡来したのは紀元1世紀頃である。九州ではこの頃の遺跡から鉄が発掘されていることからも推測できる。
 歴史年表には中国の春秋・戦国時代(BC400)に、鉄製の武器や農具・工具は存在していたことが記され、史記にも攻城戦には鉄板なども使われるようになったことが記されている。三国志の時代には鉄はかなり普及し、秦の始皇帝(BC221)は馬車で山東省の沿岸まで何度も訪れ、東海に不老不死の妙薬を求めようとした。前漢の武帝の時代(BC100)には塩鉄制度が定められ、鉄の使用が制限され国の管理下に置かれるようになった。
 中国では銅やブロンズの製造は紀元前2,000年に遡るが、中東や西洋から伝わってきたのではなく、中国独自に青銅の溶解技術(smelting)はあったものと考えられている。鉄の融点は銅より高い(1,150〜1,500℃)こともあって鉄の製造は、ブロンズよりかなり時代が下ると考えられる。しかし、紀元前1,000年頃、鉄の鍛造技術は西洋から中国に伝わってきたとする推定がある。炭素を2%程度含む鉄(鋳鉄)は融点が1,150℃程度に低下するから、比較的低温で溶ける鉄を型に鋳込むことは中国独自の技術として行われてきた。早くからブロンズを製造していた彼らにとって、鋳造の技術は比較的容易に行われていたと考えられる。BC512年頃までにはかなり大型の鉄製品を鋳込むことができるようになっている。またBC100年までには水車を利用して‘ふいご’のような装置で炉に風を連続して送れるようになり、したがって高温が得られるようになった。西洋ではAC500年頃になるまでは、送風技術は開発されなかった(HP: The Age of Iron )。日本の’たたら’は時代がかなり下るものの、足踏みによる’ふいご’や水車を利用した連続送風が行われているので、日本の製鉄技術は中国から入ってきたものとも推定される。
 中国で盛んに製造された鋳物は硬くて脆く、短剣などの武器には適していなかったが、その後、C量の多い鋳物でも大気下800〜900℃で加熱するとCはCO2やCOとして低下させることができ、適当な柔軟性が得られることがわかり、かなり大量生産ができた。ヨーロッパでは鍛造した鉄の上に鋼の被覆を施すことが行われたが、脱炭法よりも生産性が悪い。
 一方、2004年、東京国立博物館(平成館)で開かれた中国国宝展には西周時代(紀元前9世紀〜紀元前8世紀)とされる「玉柄鉄剣」が展示された。玉でできた柄の先に刃渡り20cmくらいの鉄剣がつないである。鉄部は厚さが1cmにもなるような厚い錆層が覆っており、先端部には鉄の原型が見える。この玉柄鉄剣は2001年、河南省山門峡市虎国墓地2001号墓から出土した。展示品の説明には「・・・中国最古の鉄器として精錬して造られた。当時は銀色に輝いていて、注目されたに違いない」と記されている。
 愛媛大学東アジア古代鉄文化センターでは、中国四川省成都平原で中国の成都考古学研究所と共同で古代製鉄遺跡の共同発掘調査が行われている(2007)。その調査によれば、成都平原で紀元1世紀、漢代頃の巨大な製鉄炉が出土しており、付近には長さが約1.5mにも及ぶ大鉄塊が見つかっているという。史記129巻貨殖列伝には成都平原に大規模な製鉄が行われ、2,000人にも及ぶ人たちが働いていたという記述があり、大富豪として「卓」氏・「程」氏が記されている。漢書(28巻上)には四川に鉄官・塩官が置かれことが記述されている。確かに前漢・武帝の時代に塩官制度が設けられたことはよく知られている。このように紀元1世紀頃には四川成都に大がかりな鉄文化が花開いていたことは、最近になって明らかになったことである。さらに愛媛大学東アジア古代鉄文化センターのシンポジウム資料によれば、甘粛省・陝西省など中国西部に偏在して金柄や青銅柄に装着された鉄剣が見つかっている(前述の玉柄鉄剣と同じ?)。これらはヒッタイトの鉄剣と形が類似しており西部から伝わってきたことを色濃く示している。この事実はアナトリア高原を起源とする錬鉄が早い時代に中国に伝わってきていたことを示唆するものである。
 
史記を読み鉄を思う
 史記は古くから多くの作家・研究者によって日本語にも翻訳され、様々な小説のテーマになっている。最近完結した北方健三「史記」武帝編全七巻もその一つである。安野光雄・半藤一利・中村すなお共著「史記と日本人」は昨年2月、平凡社から出版された新しい本で、3人の碩学が丁々発止と鼎談しているとても楽しい内容だ。これこそ博覧強記ともいうべきか。宮崎市定著「史記列伝抄」もすばらしい本だ、とても読みやすい文章で書かれている。多少の漢語力では原文を読み理解することはむずかしいから、今日、史記を読めるのは優れた現代語訳のおかげだ。
 紀元前141年武帝の時代、李陵は漢から匈奴に攻め入って捕らえられ、匈奴軍の武将となって漢軍に立ち向かうことになる。それを知った武帝は、李陵の一族を族滅する。その間、司馬遷は唯一人、李陵を弁護したために宮刑に処せられる。しかし、その苦難を乗り越え、父・司馬談の遺言を受け継いで史記の執筆を続けて完結させた。
 ところで、蘇武は漢の武帝の命を受けて捕虜交換の交渉に匈奴へ行ったものの、捕らえられ、さらに北方に追放された。誰も住んでいない酷寒の奥地で自給自足して生きながらえ、そこに友人の李陵が訪ね、蘇武とともに大鹿や獣を獲ったりして冬の酷寒の生活を味わうのである。しかし、李陵は再び漢に戻ることはなく、司馬遷も李陵に会うことはなかった。
 史記や戦国時代の小説を読みながら断片的にでてくる鉄についていろいろ考えを巡らしている。
 北方健三の史記の中には、李陵が蘇武のところを二度目に訪ねた際に鉄の塊を持参してそれを熱して工具のようなものを作ったとされている。漢の武帝時代には塩鉄制度が施行され取引が制限されていたことからすれば、2,000年も前にすでに鉄は漢から匈奴にも伝わり、未開の地で蘇武が鉄を道具にして使ったことになる。そこで、金属屋として当時の鉄の品質を問いたい。鋳物は鋼に比べて炭素の含有量が高い、そのため硬いが脆い。炭素量が高いと融点が下がるので、溶かしやすい。熱して鉄を加工することができたとすれば鋼に近い、低炭素の錬鉄ではなかったか。古代中国では独自に鋳物の技術があったとされる。しかし、錬鉄は中東からインドを経て中国にもたらされたと考えられる。四川省成都近郊に製鉄の遺跡が見つかっている。
 古代中国では、紀元前290年頃の武将・楽毅は当時、中山に属し、趙の昔陽を攻略するため攻城戦で鉄製の武器が使われたとする文がある。宮城谷昌光著「楽毅」によると、船に兵や武器を積んで川を下り、敵の城に迫った。「船の上に鉄の棒をそなえたものが前進し、門を大破した。兵は鉄板を貼った屋根の下にいる、といった描写がある。また、鉄の棒で門扉に激しく衝突し、大音響が聞こえた、などとも書かれている。鉄板は鋳物では無理でやはり錬鉄の製造技術が確立されていたと見るべきか。屋根には敵からの弓矢の攻撃を防ぐ目的だから鉄板の広さも大きいだろうし、門扉を壊すくらいだから棒も太くて長いだろうと考えられる。鉄を薄い板にし、長い棒にすることは鉄の品質から考えて簡単なことではない。そのことからすると、当時の鉄の製造技術はかなり進んでいたと想像される。もっとも、これは作家・宮城谷昌光氏の小説の一節だから史実かどうかは断定できない。はたして「史記」にはどう書かれているのか、あるいは書かれてはいないのかを知りたいところだ。古代中国の戦国時代、これだけの鉄製武器があったら、時代が遙かに下った日本の戦国時代でも負けただろうと想像したりしている。
 
「塩鉄論」と史記「貨殖列伝」
「塩鉄論」は前漢時代、宣帝(BC50)の頃、桓寛(かんかん)によって著された書で、塩、鉄、酒の専売制度を論議した内容。武帝の時代には北方の匈奴の驚異に備えるため、国家の財政が窮乏していた。塩・鉄を専売制度として財政を立て直そうとした。当時、鉄器は農業の鋤、鍬などが広く普及して農業を盛んにしていた。それほど鉄の生産は盛んであった。塩鉄の専売制度を維持するため、全国に塩官、鉄官が設置され、洛陽、邯鄲などの北方、成都など49カ所にものぼり鉄の生産を管理した。中央政府を代表する御史大夫(丞相)と群国から選ばれた賢良・文学(若手官僚)が議論を戦わせている。文学は「鉄器は大きいものが用いられたり小さいものが用いられたり、曲がったものがよかったりまっすぐなのが良かったりする。国家が独占して統一すると、鉄器は適当でなくなり、農民が不便するようになる。道具が不便だと、農民は田野の耕作に疲れ、荒れ地が耕作されなくなる」など不満を述べている。このようにこの時代様々な農具が造られていたことが伺える。鉄の産地は山中にあり、労働はきついことが述べられている。このようにして当時の製鉄は国内各地で行われ、農具として用いられていた。製鉄技術はどこから伝わってきたかは「塩鉄論」や「貨殖列伝」からは伺い知ることはできない。BC400年頃、春秋戦国時代には鉄は国内に広く普及し武器や農具として使われていた。この場合に使われた鉄は農機具に加工するには鋳造品では無理で、錬鉄に違いない。それはアナトリアのヒッタイトに起源を有する錬鉄の可能性が高い。(2017.3.20)
 
 





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