東日本大地震でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りするとともに、被害に遭われた方へお見舞い申し上げます。 そして、一日でも早く普段の生活に戻れますよう願っております。
地震のあと、私を含め家族は無事であることなどご報告をしたほうが良いのでは?と思いつつ、連日TVで報道される被災地の様子や原発の事故の状況を見て、気力がなえてしまっておりました。 (ブログを書かないのはいつものことではありますが・・・)
でも、やっと私でもできることが一つ見つかったので、ちょっとやる気を出しているところです。 それは、ボランティアニット。
近所の老人会で行っている編物教室に、母が通っていたところに私も行っているのです。そこの先生が糸を提供してくださり、被災地の方に届けるべく皆で何かを編みましょうと呼びかけてくださいました。実際のところ、先生なら数日でセーターやベストを編み上げてしまうので今すぐにでもお送りできるのかもしれませんが、生徒はそんなに早く編めないので次の冬が来る前にお届けできたらいいなというところ。それに、今は衣料品を受け付けてるところもないみたいですしね。でも、TVを見てても着の身着のままで助かって、家も津波で流されてしまった方も多いようですし、必ず必要になるものだと思われます。だから、下手なりにも何かお手伝いができるのではないかと考えています。
先生は、マフラーでも帽子でもなんでもいいとおっしゃっていたのですが、先に編み始めていた母がベストを編むというので、私もベストを編もうかと始めているところです。まだ片方の身頃の1/3くらい・・・完成は、いつのなるかなぁ???
さて、地震の時は、珍しく外出してデパートでお花の展覧会を見たあと友達とお茶をしていました。揺れ始めてかなりたってから大きい揺れに。これは大きいなと思ったものの、そばにあるスタンドが倒れるわけでもなく、また吹き抜けから聞こえる1階の化粧品売り場でもガラス製品が割れるような事はないようでした。なので、ここまで大きな被害が出るような地震とは思いもせずにいたのです。 何回かの大きい揺れのあと、店員に誘導されて一階に下ろされました。実は、どうせ電車も動いてないだろうからしばらくここでおしゃべりして動き出した頃に外に出たほうが良いな・・・と考えていたのですが、建物に問題が発生した場合に備えて1階まで誘導するのが決まりみたいでした。(そんなこんなで、ここではただ食いしちゃいました。)
しょうがないので、友達と方向が一緒の上野駅までとりあえず一駅分歩きました。そのときにはもう駅の周辺だけでなく、街中に人があふれていました。一階にある店舗は営業しているのでどこかで座席を確保できれば良いなと思っていたけど、そんな状況にはありませんでした。電車も全く動いてないし、揺れの感触では動き出すまでに数時間は掛かるかな・・・と踏んだので、この時点で私は歩いて帰ることを選択。
1時間もあれば帰れるかと思っていたら、2時間ほど。 途中、存在は知ってるけど通った事がない商店街を通ってみたり、地元で食材を買ったりと若干大回りをしたので、まっすぐなら1時間半強くらいでしょうか。なんにしても日ごろの運動不足もありすごく疲れました。
家に着くと・・・大きく壊れたり倒れたりしたものはなかったけど、積み上げてあったものが散乱し、キッチンの引き出しは全部出ていたし(飛びぬけてはいないので被害はなし)、自分が感じていた以上の被害にショックを受けました。その全てを片付けて、疲れた体をやっと休めるためにTVを付け地震の状況を確認と思ったら・・・もう言葉にできない衝撃。ただただ見つめるだけでした。
それからは、続く余震・原発事故・計画停電・買占め騒ぎなど、毎日毎日色々な事が起こって普通の生活をしているようで実はちょっと違う日々。何もかもを失って避難所での生活を余儀なくされている方々に比べれば、天と地ほどの差があるのは分かっていてもなかなか気持ちが回復しませんでした。 まだまだ、気は抜けないかもしれないけど、私がうだうだグチグチしててもしょうがないので気合を入れます。
余談ですが・・・ 今はスギ花粉が飛散する時期。先日の地震では、震度の強かった地域では山が燃えたかと思うほどいっぺんに花粉が飛んだそうです。そのせいなのか分かりませんが、地震の後数日、旦那が発作のように花粉症がひどくなりました。ティッシュも少しは在庫があったもののあっという間に消えてゆき、真剣に無くなるかと思ったほど。なのに街からティッシュ類は消え去っていました。 この間の週末に手に入れられたから良かったものの、それで手に入らなかったら遠くに住む友達に救援物資(ティッシュ)を頼むところでした。 |